神聖フリナリカ王国盛衰史 異説集

◆はぐれ王子辺境譚 [3]

 焚き火の周りに並ばせた娘の数は全部で十二。人数が多いというので奴隷着に着替えさせるのは後回しにしたため、皆着飾ってはいるが不揃いだった。それを取り囲む兵士たちのさらに外側から、ハウランは彼女たちの顔をぼんやりと眺めた。
 こうしてその器量やら健康状態やらを見て、都に送るか商隊に従わせて慰み者にするか決めるのが通例だった。むろんそれは非公式なもので、奴隷買いの商隊が公に慰安婦を抱えることを認められているわけではなく、辺境の任務に就く兵たちのせめてもの役得として黙認され、いつからか習慣化したようだった。ハウランとて今更それに異を唱えて不興を買うつもりはない。
 こいつらは都行きだな、と思われる娘が二人いた。見るからに上物で、確かに村中から選りすぐられて来ただけあって美しい顔立ちで身体の均整もとれている。歳の頃十四、五。娼婦に育てるには理想的に思われた。
 他の娘たちにしても、とびきりに美しいかどうかは別として醜いのはいない。下の毛も生え揃っていなさそうな小娘からハタチ近いのまでいるが、いずれも適度に肉付きの良い体つきをしている。うちの兵たちならよだれをたらして歓迎しそうだと思う。……もっとも、それが彼女たちにとって良い事なのか悪い事なのかは分かったもんじゃないが。
 と、そうして気の乗らぬ観察をしていたハウランの目が、一人の黒髪の少女に行き当たってはたと見開かれた。
「……おいギョトオ、さっきの爺さんを連れ戻させろ」
 と命じておいて、彼は今一度件の娘に目をやった。
 別段怪しい動きをしていたわけではない。その少女は並んだ列の右端で、微動だにせずにただ立っていた。……が、それがそもそもおかしい。ほかの娘たちが例えば恐れから目に涙をためたり、絶望に表情を喪っているなか、その少女だけは凛と涼しい顔をして立っていたのだ。
 その顔立ちもここいらの農民には珍しく凹凸がなだらかで、あっさりしている。混血が進んで人種の分類など意味を成さなくなって久しいが、それでもほかの娘たちと並ぶと際立って見える。
 よくよく見れば着ているものも妙だった。紐やら布やらでひらひらと装飾されていて一見するとわからないが、実際に肌を覆っている面積はごく小さく、肩も腹も腿もむき出しである。そこへ銀細工やガラス玉のアクセサリーをじゃらじゃらと身につけている。他の娘たちも着飾っていはいたが、それは麻のドレスを凝った模様に藍に染めたようなので、それと見比べるにつけてもやはり黒髪の少女は異質だった。
「殿下」
 と、ギョトオがテントの陰から声をかけた。それに応じて裏へ回ると、娘たちを売りに来た老夫が地にひれ伏すようにしている。
「ああ殿下、連れてきましたが……何を?」
「うん、ちょっとな。……おい爺さん、顔を上げてくれ。何も取って食おうってんじゃない」
 娘たちとは比較にもならぬみすぼらしい作業着を身にまとった老人が、恐る恐るハウランを見上げた。
「あの黒髪の娘だが」
 それだけ聞いて老夫の目に恐れが宿ったのを見てとり、やはり自分の直感は正しかったとハウランは確信した。
「お前らの村の娘じゃないな」
「なんですと?」
 声を荒げたのはギョトオだ。それですっかり怯えてしまった老人の顔を、ハウランはしゃがんで覗き込んだ。
「別にとがめやしない。こっちとしちゃあ、上物を連れて来てくれりゃどこの娘だって構わねえんだ。それより俺は奴の素性が知りたいんだよ。ありゃ一体どこの娘だ?」
「それは……私も何が何だか……」
「何も知らねえって事はないだろう、爺さん」
「それが本当に……ここへ来る途中、馬車の前に立ちふさがる者がおりましたので……見たところ若い娘一人のようですので馬車を止めたのです」
「それがあの娘か」
「はい。するとあの女が自分も馬車に乗せろというのです。そうすれば一人分多く金がもらえるから、そっちにも損はないだろうと。娘のくせに物怖じもせず、妙な凄みがありましたので……」
「言う通りにしたんだな」
「はい……」
 と、ギョトオに睨まれまたひれ伏してしまったのが不憫になって、ハウランは
「もういい、帰れ」
 と老夫を放してやった。一方ギョトオにしたところで、些細な嘘にこだわっている場合ではないとわかっていた。自ら奴隷売りの一行に加わってここへ乗り込んで来たとなれば、何か目的があっての事と考えて間違いはない。
 ……刺客か。
 真っ先に二人の頭をよぎったのはその事だった。
「しかし妙だな。あの話が本当なら、まるであらかじめ今夜奴隷買いがあるのを知っていて、待ち伏せしていたようだ」
「ばかな。どこで野営をはるかなど、我々とて天候任せですぞ」
「それだけじゃない。どうだあの余裕」
 ハウランとギョトオはテントの陰からその女を覗き見た。
 視線の先では黒髪の少女が変わらず、表情一つ変えぬまま兵たちの猥雑な視線を受け止めていた。
「刺客にしちゃあ、正体を隠そうって努力が感じられねえな」
「であれば尚の事、どんな裏があるか分かりませんぞ。捕らえさせましょう」
「いや……あいにく俺も肝の据わった女は嫌いじゃないんでね。ちょっとお話ししてみるさ」
 とハウランは答え、追い縋るギョトオを制し、懐の短刀を抜いて兵たちの輪の中に割り込んで行った。



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